本記事は、連載『60歳からの欲張りすぎない起業術』の第1回です。
10年のサロン経営を経て、67歳で専門家としての武器を手にするまでの歩みを、キャリア理論で紐解きながら綴ります。
現在進行中のテーマ:
- パート1:手放す勇気と、空白の価値(第1回〜4回) ← 今ここ!
- パート2:偶然を「仕事」に変えるしなやかさ(第5回〜8回)
- パート3:自分を使い切らない、新しい黄金比(第9回〜12回)
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終わりの始まり
「本当にお世話になりました」
「寂しくなるけれど、新しい生活も応援しているわね」
10年間、リフレクソロジーとアロマトリートメントのサロンを支えてくださった大切なお客様たち。その一人ひとりに最後のご挨拶を終え、すべての荷物を運び出した日は、驚くほど、慌ただしく過ぎていきました。
60代を目前にした私にとって、それは人生の大きな転換点(キャリアの転機)が動き出した瞬間でもありました。
もちろん、当の本人はそんなことは知るよしもありません。
運送会社とのやり取りや、山積みの事務作業。その渦中にいた私は、特に感慨に浸る余裕もなく過ごしていたのです。
しかし、本当の「終わり」は、翌日にやってきました。
空っぽの空間に残っていた「香り」
翌朝、最後の掃除をしにサロンのドアを開けた時です。
家具も、ベッドも、タオルも、施術用品から小さな文房具まで何もなくなったガランとした空間。
そこに、前日まで使っていたアロマの香りだけが、微かに、でも確かになごりとして残っていました。
「ああ、本当に終わったんだな」
その瞬間、10年間の日々が、ふっと心の中に浮かんでは消えていきました。
その後、法人の清算手続きを終え、商工会議所や地元の事業者仲間たちへ最後のご挨拶に伺った時。「ここ(地元)とも、もう縁が切れるのだな」という寂しさと同時に、不思議なほどの「清々しさ」を感じている自分がいました。
私の視線はもう、新天地となるベトナム・ハノイへと向かっていたのです。
「やめる理由」がないからこそ、難しい決断
実は、店を閉める直接的な「悪い理由」はありませんでした。
経営は順調で、お客様との関係も良好。それでも私が還暦を目前にして「引き際」を考え始めたのは、プロとしての、少し冷徹ともいえる「10年後の自分」へのシミュレーションからでした。
「今のこのハードなボディワークを、70歳になっても続けている姿が想像できるだろうか?」
体力的な不安が、少しずつ、でも確実に忍び寄っていました。
そんな時、一足先に定年を迎えていた夫のハノイ現地再就職が決まったのです。「5年はあちらにいるつもりだ」という言葉を聞いた時、私はそれを「天からの言い訳」だと感じました。
ずっと走り続けてきた自分への、ご褒美のような休息期間。
「還暦だし、専業主婦になるのも悪くない。子供も自立したし、両親も健やか。今がチャンスだ」
そう自分に言い聞かせ、私は長年慣れ親しんだ地元を飛び出しました。
キャリア理論で読み解く「終わりの重要性」
ここで、キャリアコンサルタントの視点から、この「店を閉める」という行為を読み解いてみましょう。
アメリカの心理学者ウィリアム・ブリッジズは、人生の転機(トランジション)には3つの段階があると考えました。
- 終焉(Ending): 何かが終わる時期
- 中立圏(Neutral Zone): 混乱や空虚、迷いの時期
- 開始(New Beginning): 新しい何かが始まる時期
多くの人は「新しいこと(開始)」にばかり目を向けがちです。しかし、ブリッジズは「すべての転機は、何かを終わらせることから始まる」と説きました。
私がサロンを閉め、商工会議所に挨拶をして「縁を切った」こと. それは、終焉であり、新しい自分を迎えるための「心のスペース」を作る、不可欠な儀式、つまり転機の始まりだったのです。
終わらせなければ、入ってこないものがある
ハノイでの生活が始まると、最初は「駐在員の妻」としてのんびり過ごしていました。しかし、次第に湧き上がってきたのは「家事以外の何もしないことへの手持ち無沙汰」でした。
そこから私は、店を続けていたら決して手を出さなかったであろう「WEBでのクラウドワーク」を始めます。少しのお小遣い稼ぎのつもりでしたが、これがその後の「個人事業主の猫の手~オフィス・ヒロ」しいては今の「キャリアコンサルタント」としての働き方のひとつのきっかけになりました。
もし、私が無理をしてあのままサロンを続けていたら?
体力に限界を感じながら、過去の成功に執着していたら?
今、こうして新しい専門性を手に入れた自分は存在しなかったでしょう。
あなたへ伝えたいメッセージ
「終わりのタイミング」を自分で決めるのは、本当に難しいものです。定年や家庭の事情、健康問題など、否応なしに「終わり」がやってくる時もあります。
でも「終わりの時」がきたとしても、それは決して「社会からの締め出し」ではありません。
仕事を辞めることは、キャリアの終わりではない。
それは、新しい世界への扉を開ける「鍵」を手に入れたということなのです。
今、何かを終わらせようとして、あるいは突然の終わりに戸惑い、立ち止まっている方へ。
ブリッジズが提唱した「終焉」は、決して喪失ではありません。それは、次に訪れる「大切な何か」を受け取るために、あなたの両手を空けるための、とても勇敢な準備期間なのです。
ぎゅっと握りしめていた過去を手放すとき、心にはぽっかりと穴が開いたような寂しさが広がるかもしれません。けれど、その空いたスペースこそが、まだ見ぬあなたの可能性が芽吹くための土壌になります。
大丈夫。その「終わり」の先には、想像もしなかった新しいあなたが待っています。
キャリアの転機に立ち止まっている方へ。
「これからどう働けばいい?」という漠然とした不安も、キャリア理論で整理すると進むべき道が見えてきます。キャリアコンサルタントとして「心と頭の整理」のお手伝いをしています。
本記事は、連載『60歳からの欲張りすぎない起業術』の第1回です。
10年のサロン経営を経て、67歳で専門家としての武器を手にするまでの歩みを、キャリア理論で紐解きながら綴ります。
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