【60歳からの起業術 第2回】「何もしない1年」が私にくれたもの|空白期間を「自分を育てる熟成期」に変える(ブリッジズ:ニュートラル・ゾーン)

本記事は、連載『60歳からの欲張りすぎない起業術』の第2回です。

10年のサロン経営を経て、67歳で専門家としての武器を手にするまでの歩みを、キャリア理論で紐解きながら綴ります。

現在進行中のテーマ:

パート1:手放す勇気と、空白の価値(第1回〜4回) ← 今ここ!

パート2:偶然を「仕事」に変えるしなやかさ(第5回〜8回)

パート3:自分を使い切らない、新しい黄金比(第9回〜12回)

▶連載の一覧(目次・プロフィール)はこちら

目次

嵐のような10年を経て、降り立ったハノイの地

10年続けたサロンを閉め、夫の海外就職に伴って降り立ったのは、活気あふれるベトナム-ハノイの地でした。

それまでの私は、朝から晩まで仕事のことを考え、お客様と向き合い、技術の研鑽と経営の数字に追われる毎日。営業時間も遅かったため、日によっては真夜中に近い時間、点滅信号の中を運転して帰る夜も少なくありませんでした。オーナーとして勉強することも多く、ビジネス勉強会や事業者仲間のお付き合いなどプライベートはゼロに近い日々でした。

それが一転して、ハノイでの生活は、あんなに喉から手が出るほど欲しかった「自由」が、朝起きてから寝るまで、文字通り無限に広がることになったのです。

「自由人」として過ごす、千年の都の色彩

街に出れば、クラクションの喧騒と、放課後迎えに来た親と帰る子供でごった返す校門前の楽しそうな笑い声。歩道はデコボコで、見上げれば街路樹から街路樹へと重なり合う無数の電線が、この街のエネルギーを物語っています。活気に満ちた市場では、見たこともない色のフルーツに目を奪われ、現地の言葉と英語をちゃんぽんに、身振り手振りでおばちゃんと交渉する。そんな、少し不自由で愛おしい日常。

日本人に好意的なベトナムの人々に囲まれ、湿り気のある暑い街中を、日傘一本を頼りにバスを乗り継いで移動したり、新しい友人たちとのランチや習い事、ちょっとした観光。それは、これまでの「働く私」への、神様からのご褒美のような時間でした。

専業主婦としての生活に不満など微塵もありませんでした。むしろ、この賑やかで穏やかな時間が永遠に続けばいい、とさえ思っていたのです。

半年後に訪れた「鏡の中の空白」

しかし、生活に慣れ、日常がルーチン化して半年が過ぎた頃。 ふとした瞬間に鏡の中の自分を見て、言いようのない「落ち着かなさ」を感じるようになったのです。

「私は今、何者なのだろう?」

サロンオーナーではない。働く女性ではない。「○○さん」と呼ばれるけれど、どこのコミュニティにも浅くしか属さず、それなりに付き合いはあるけれど、基本的にはひとり。たとえば夫が今ここから去ると生活の基盤さえなくなる。

ハノイという異国の地で、何となく現実感のない浮遊した世界の中に、自分が溶けて消えていくような、不思議な感覚。それは決して不幸ではないけれど、どこか自分の人生のハンドルを握っていないような「宙ぶらりん」な状態でした。

「家事やちょっとしたお付き合い以外の何もしないことへの手持ち無沙汰」

贅沢な悩みだと自分を諫めながらも、心の中に小さく空いた穴を、埋めていいものやらと思っていました。

「何もしない」が「何か」に変わる予兆

そんな折、私はある小さなきっかけを掴みます。 それは、かつての私であれば、店を続けていたら興味はあっても時間がなくて決して手を出さなかったであろう「WEBでのクラウドワーク」でした。

日常生活から少し離れる時間が欲しくて始めた、引退後のお小遣い稼ぎ。でも、その小さなキーボードを叩く音が、実は「何者でもない自分」から一歩踏出し、社会との細い糸を手繰り寄せるための、大切な足掛かりになり、閉じかけていた私のキャリアの扉を、内側からそっと押し開けてくれたのです。

この時の「手探りの挑戦」が、のちの「個人事業主の猫の手~オフィス・ヒロ」、そして今のキャリアコンサルタントとしての働き方へと繋がっていくことになるのです。もちろんこの時にはそんなことは想像さえせずに。

空白期間は、心が耕される時間(ブリッジズ:ニュートラル・ゾーン)

前回でも書いたように、ウィリアム・ブリッジズという心理学者は、人生の転機(トランジション)には「終焉」「中立圏(ニュートラル・ゾーン)」「開始」の3つの段階があると言いました。

ハノイでの私の日々は、まさにこの「ニュートラル・ゾーン」

古い役割を手放したけれど、まだ新しい何かが本格的に始まっていない。霧の中にいるような、中途半端で、どこか空虚な期間です。

しかしブリッジズは、この『何もしない(できない)』時期こそが、内面的な成長が最も進む重要なプロセスであると説いています。

多くの人は、この「何者でもない期間」を恐れます。「早く次を見つけなきゃ」「ブランクを作るのは良くない」と焦って、無理やり次の予定を詰め込もうとします。

でも、今振り返ればわかります。

あのハノイでの「何もしない時間」は、ただの空白ではありませんでした。それは、次に芽吹く新しい自分のための「土壌」を、じっくりと耕し、力を蓄えるために必要な「熟成期」だったのです。

もし、私がハノイに行かず、すぐに日本で別の仕事を始めていたら?

10年間のサロン経営で消耗した心と体は、新しい変化を受け入れる余裕を持てず、結局どこかで挫折していたかもしれません。ハノイのゆったりとした時間の中で、「働かない自分」を一度許し、自分自身の内面を見つめ直したからこそ、新しい価値観が育つスペースが生まれたのです。

あなたへ伝えたいメッセージ

「今日も、何も生み出さなかった……」「私はこのままでいいの?」

その停滞感は、あなたがダメだからではありません。 今、あなたは人生という季節の『冬』を過ごしているだけなのです。一見枯れているように見える冬の土の下では、次の春に大輪を咲かせるための命が、静かに、けれど力強く育まれています。今、あなたが『何もしない』ことを自分に許すことは、決してサボりではありません。それは、まだ見ぬ自分に出会うための、最も勇敢な『戦略的休息』なのです。

何もしないことは、停滞ではありません。

それは、自分を「再構成」するための、最も贅沢で必要なプロセスです。

「〇〇だから何もできない」のではなく、「役割」を一度脱ぎ捨て、一人の人間に戻る。そのプロセスを経て初めて、私たちは「本当にやりたいこと」に出会えるのです。

焦って答えを出そうとしなくて大丈夫。

今のその「宙ぶらりん」な時間を、どうか大切に味わってください。その霧が晴れたとき、あなたの前には、それまで見えていなかった新しい道が、必ず姿を現します。

キャリアの転機に立ち止まっている方へ。

「これからどう働けばいい?」という漠然とした不安も、キャリア理論で整理すると進むべき道が見えてきます。キャリアコンサルタントとして「心と頭の整理」のお手伝いをしています。

本記事は、連載『60歳からの欲張りすぎない起業術』の第2回です。

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